E組目撃証言その一
って振り向いた瞬間、 「おぐっ!?」 ってなって、 気付くと安岐澪高校の制服を着た女が立ってて、急所に微塵の容赦も無く一撃してくんだ。 死ぬかと思った・・・ あまりの痛みに気が遠くなったんだけど、
「いっちばーんのーりー!」 とか叫び声がして、体育着着た女子が外側から屋上に登って来た。フェンスの、向こう側からだぞ。 「あれ、先客がいるし」 「えー、マジでー?」 するとわらわらと登ってくるわ登ってくるわ。俺は思わず我が目を疑った。流石に命綱はつけているようだが、なんとそれはカーテン。 わらわら登ってきた中には男子も女子もいたが、男子のなかには命綱をつけてない奴さえいた。なんて奴らだ。 奴らはフェンスの向こう側で命綱を外すとフェンスを乗り越えて屋上に侵入した。俺はあまり物に動じないタチだが、流石にこれは驚く。思わず唇の端にくわえていた煙草を落としてしまった。 「おまたせー。買って来たよー」 と、がちゃっと今度は屋上の入り口のドアが開いて、いかにもインドア派というような面々が姿を現した。 と、そこで、俺がいるのに驚いたのかちょっと驚いた顔をして、持ち上げたビニール袋を背中の方に隠しながらすすすと外側から登ってきた面々の方に行く。 そのビニール袋から透けて見えたのは、もしかしなくともビールと日本酒とチューハイと、そのつまみじゃないだろうか。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・見た?」 「何を」 「・・・・・見た?ビニールの中身」 「・・・・・・・・湖畔ビールとチューハイとカシスオレンジと炭酸グレープとコーラと米酒と酒月、それにサラミとするめとチーズと手握りおむすびとポテチとえびせんとカール」 とりあえず見たものを全部言ってやった。一応、飲んだことのあるやつばっかだったから全部知っている。 「・・・・・・・・見た?」 「・・・・・・・・見られた?」 「・・・・・・皆の衆・・・そこまで見られちゃァ生かしておけぬよなァ・・・?」 奴らから殺気がゆらり、と立ち昇った気がした。 うわやべえ、とこの俺ですら思った。 から、逃げた。 「逃すなァ!」 屋上のドアに向かおうとしたら奴らのそれはもう訓練された軍隊でもこうはいかないだろうやたら水際立った動きでそれを阻止されてしまう。 何なんだこいつら。本当にただの高校生なのかと問いたくなった。 しょうがなく、フェンスに片手をかけて飛び越えた。 奴らの騒ぐ声が聞こえる。まあ、普通屋上から命綱もつけずに飛び出すバカはいない。奴らならやりそうで怖いが。 下には、生い茂った木の枝。顔を庇ってそこに突っ込んだ。枝の位置はわかってる。木の枝で少し制服が破れたが、気にせずに太い枝に飛び降りて、さらにその下の枝に降りて、最後は面倒臭くなって車の上に飛び降りた。 膝を思いっきり曲げて衝撃を殺したが、それより 「特攻ォォ!」 という声と共に奴らが飛び降りてきたのにかなり驚いた。あいつら、命がいらないのか。木の枝にうまくひっかかっているが、下手をすれば下に落ちて御陀仏だ。だが、やはり慣れている俺よりあちこちを枝で切っている。 おまけに奴ら、俺の真似をして車に飛び降りようとしている。そんな高さから飛び降りたら奴らの足も車もただではすまないというのに。かくいう俺の足下の車も大きなへこみが出来てしまっているが。 重ねて問いたい。あいつら、本当に高校生か? とりあえず俺は逃げ出す事にした。あんなに大量の命知らずを殺さずに戦闘不能にするなんて、無理だ。 「逃げるかアア!」 とかいってたから 「多数で追いかけられて逃げねえ奴は馬鹿だ!」 って言い返してやった。 そのまま納屋の屋根上を走って、止めておいたバイクに飛び降りてエンジンかけて逃げた。 走って追いついてくる奴がいたから人間かよ!とか思いつつ酒瓶に布キレつけて火つけた火炎瓶を投げて、逃走した。 俺はつくづく、奴らの行く末が恐ろしくなったね。
なんとなく気になって、放課後行ってみた。 そしたら秋風の寒いこの時期に半袖半ズボンの体育着で、鼻を赤くして箒を握ってる女の子がいたから、思わず苦笑しちゃって。むっとした顔をしてたから、ごめんなさいって謝って長袖を貸してあげたの。 そしたらすっごく感動した顔でこっちを見てきて。 ふと思いついて、本当ならバザーに出すつもりだった『熱カイロ十個入り』を二つあげたらキラキラした目でこっちを見てきて。 小動物にエサをあげて手懐けてるような気分だったわ。ほら、動物園のリスとかにひまわりの種をあげてる気分っていうの? 気付いたら私、石を手で叩き落しちゃっててね。手の甲がすっぱり切れて血が出ちゃったの。ほら、まだキズ治ってないのよ。痛かったわ。膿んじゃってね。 投げた男子達が逃げていくのが見えたけど、女の子が心配そうな顔してたから飴をあげて、大丈夫だからってにっこり笑って見せたわ。私、小動物好きなのよね。 十分くらい後にぼろぼろの泥だらけになった男子達が泣きながら保健室に駆け込んできて、保健室の先生と一緒にびっくりしちゃったわ。 ・・・なぜかしら? 他店のbPホストらしい――周りのオカマの黄色い声を信用するならだ――容姿端麗な青年と ミニスカートの可憐な少女――場所を考えるならこの少女は男である筈だ――と なんとも艶のある美女――男である筈なのにこの色気と巨大な胸はなんだろう―― がいるのを。楽しげに話しているのを。 男子陸上部のホープとして、多少問題児ながら将来はオリンピックまでと名を馳せる美少女、 副会長ながら生徒会を実質取仕切ると言われ、理事長とすら直談判可能な権力を持つホスト。 「事情が無い限りバイトは禁止だ、教師が見回ってるから注意しなさい」 三人は驚いた顔をしていたがにやっと笑って「大丈夫です」と自信満々に頷いていた。 全く・・・教頭の耳にでも入ったら卒倒するんじゃなかろうか。 途中で主任に声をかけられたから、私はもちろんこう返した。 「ですよねえ。E組じゃあるまいし」 言った主任がこれだから頭の古い奴らは、と言いたげな薄く嘲笑が混ざった視線で私を一瞥して携帯電話を取り出したので安心した。 頭の古いふりでもボケたふりでも、それをしているとどうせボケた老人だ、と迂闊なことを漏らす人間が多いものだ。 もっとも、E組には「ボケた老人」ではなく「ボケたふりをしている意外と話のわかる老人」と思われているようである。が、私が初代E組であることを彼らが知ったらどう思うのだろうか。「くえないジイさん」という評価に様変わりするのだろうか。 副がつく職業は苦労が多い、と私は溜め息をついたものだ。 |